そらのらくがき

お絵描き、うみねこ好きな人のgdgdブログ。

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理由はある

追記で、少し前にテレビで言ってた理由無き犯罪について思ったことを語っちゃってます。
文体が新聞記事っぽいですが、語るんならこっちの方が書きやすいです。
なんか変なスイッチが入ってます。
そして最後が何でこんなに偉そうなんだろう(汗

スルー推奨ですよw
人間の行動には必ず動機(理由)がある。
それがどれだけ些細で他人には理解出来ないものであっても。
だから理由が無いはずは無い。


自分が行動を起こすときほんの些細な理由さえ無いことがあるだろうか?
ジュースを飲むときは喉が渇いた、甘いものが欲しい。
散歩に行くときは気分転換や健康の為。

落ち着き無く部屋をウロウロする場合でも、イライラや焦燥感にいてもたってもいられなくなったりするからだろう。

「なぜそうした?」という質問に「何となく」と答えることはあると思う。
だが、それも理由が無いのではなく、自分でも言葉に出来ないくらいのほんの些細な理由や直感とも呼べない程の無意識下の判断などで、他人に説明しようがないからではないか?


だから「理由無き犯罪」にも理由はあった。
ただ他人には理解が出来なかった。

人を殺す経験がしてみたかった。
そんな理由で殺人を犯したものがいた。
人が死ねばどうなるのか?
人を殺した場合、自分はどう思うのか?
犯人の動機としてはそんな疑問があったのだろうか。

普通そんなことを思っても実際に殺人は犯さない。
たかがそんなことで大事な命を奪うはずがない。
そんな程度の理由で殺人なんて大罪を犯すはずがない。
人を殺すにはもっと大層な理由があるはずだ。

そういった「常識」が本当はある(小さな)理由を「(大層な)理由が無い」ものとしてしまっているのだろう。

本来、犯罪は世間の常識から外れている。
それを常識で計ろうとしているのがそもそもの間違いではないか。
犯人は世間の常識を無視し、自身の我を被害者に押し付けたのだが、
世間も非常識を理解することを放棄し、世間の常識を無理矢理当て嵌め押し付けようとしているのではないだろうか。


理解出来ないものを「無い」ものとして扱っているうちは事件の解明など出来るはずもない。
解明がしたいのなら、どれだけ自分の常識と掛け離れていようと理解し、「有りうる」こととして扱わなければならない。

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